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東日本大震災からの歩み

戦略経営リポート2012年4月号記事

 戦経リポート】再び漁業ができる釜石湾を目指して―及川工務店

2012327日(火)13:00

岩手県釜石市で建設業を営む及川工務店の泉修一社長(55)は、東日本大震災による津波で本社社屋を失った。しかし落ち込んでいる余裕などなかった。電話などの通信手段が使えないなかで人づてに従業員の安否確認を進める傍ら、建設業協会の関係者に呼ばれて県、市、自衛隊、警察、消防の人たちを交えながら今後の打ち合わせを<おこなった。地元の土木建築会社として、海中がれきの撤去作業などを要請された。

 

 

及川工務店は一般土木のほか、岸壁や防波堤、漁場ブロックなどをつくる海洋土木の工事に長年たずさわってきた。釜石市内に海洋土木の会社は2社。及川工務店に海中がれき撤去作業の依頼がくるのは、必然的な流れだった。

 

だが本社社屋を失い、設備・機材もパーフェクトにそろっているとは言い難い。

 

「そんな状態でどこまでできるだろうか」。不安な気持ちがまるでなかったといえばウソになる。しかし30数名いる従業員たちのことを思うと、どんな形であれ事業を継続して雇用を守ることが経営者である自分に課せられた使命ではないかと感じられた。

 

「やらねばならない」

 

そんな思いを胸に、歯を食いしばってがんばってきた日々だった。東日本大震災の発生から間もなく1年を迎えようとしている――。

 

無事だった大型クレーン船

 

事業の再開を社員に向かって高らかに宣言したのは、仮事務所を確保してみんなを集めたときだった。

 

「とにかく続けるから安心してほしい」

 

これからどうなるかと心配していた従業員たちの顔に安どの表情が浮かんだ。

 

早急に取りかからなければならなかったのが、釜石港の公共埠頭周辺に集まった海中がれきの撤去作業。支援物資を積んだ船が接岸するのにじゃまになるため、急いで作業にあたる必要があった。

 

泉社長にとって不幸中の幸いだったのが、250トン吊りのクレーン台船(起重機船)が無事であったこと。名前は「第1号長丸」。岩手県内でもかなり大きな部類にはいる自慢の愛船だ。潜水士の誘導や、音響測深器で対象物にねらいを定め、それをクレーンでデッキに引き揚げる。これを繰り返しながら、海中がれきを片付けていった。

 

その後も第1号長丸は、釜石湾とその周辺の海底に沈んだがれきの引き揚げに獅子奮迅の働きをみせた。海底には、防波堤のブロック、自家用車、漁網、損壊した住宅の一部などさまざまな物が沈んでいた。

 

第1号長丸が助かったのは、地震が起きたときたまたま船のちかくにいた作業員がアンカー(錨)を2本打っておいてくれたのが効いたため。ほかに65トン吊りのクレーン台船も保有していたが、こちらは港に横付けするだけでアンカーを打たずにいたため流されてしまい、無残な姿になってしまった。いずれにしても第1号長丸が無事だったのは、泉社長を大いに勇気づけた。「がんばれよ」という神様の呼びかけにも受け取れた。

 

「いま現在、海中がれきの撤去はだいぶメドがつきました。8割がた終わった感じですね」

 

ちなみに第1号長丸はいま、ドックで修理中。11月中旬にかなりの荷物を積んだところ沈み込みが激しかったため、詳しく調べてみたところ船底に穴が開いていた。しばしの休息に入っている。

 

漁場の復活に一役買う

 

海中がれき撤去以外にも、被災家屋の解体や、地盤沈下で海より低くなった岩壁や道路のかさ上げ工事などに人員を割いた。地盤が1メートルほど下がってしまった結果、満潮時になると港の周辺が水浸しになる。それを防ぐためのかさ上げ工事だ。

 

このほか、釜石魚市場からかさ上げ工事の依頼が特命できたり、漁業協同組合からは定置網や養殖棚を設置する仕事の要請があったため、これらに応じていった。養殖棚の土のう(アンカー)を置く作業については、大槌町東部から釜石市にかけての広範囲を一社で請け負った。

 

昨年7月の時点で定置網漁ができるまでに漁場は復活。魚市場も8月あたまに開場した。釜石湾近郊の漁業再開において、及川工務店が果たした役割は決して小さくない。

 

「陸上と海上に従業員を半々に割り振るようなかたちで作業にあたってきました。避難所から現場に通ってくる社員もいて、みんな大変だったと思います」

 

日中、働きにでている社員のなかには、避難所に夕方もどると自分のスペースがすみっこに追いやられていたり、昼のあいだに配られた支援物資を受け取れなかったということもあった。そのため泉社長は、仮事務所の2階を避難所として登録し、従業員を住まわせることもした。

 

事業を再開してから、泉社長が最も苦労したのは、やはり資金面の問題だった。それでも従業員に対しては遅延することなく給与を支給した。仕事はたくさん来るが、その入金が遅れるケースもあり、給与支払いのためのキャッシュが足りなくなる事態に陥ったこともあったが、銀行に積み立てていた内部留保のお金を取り崩して乗り切った。

 

震災後、ようやく一区切りついたと思えたのは、6月の本決算を終えて新たな事業年度に入ったときだという。パソコンに入れていた財務データは津波でダメになってしまったが、顧問先の会計事務所が巡回監査のときに吸い上げた昨年1月までのバックアップデータが残っていた。新しくパソコンを購入し、そのバックアップデータと、たまたま拾い集めることができた2月と3月の伝票をもとに、滞りなく本決算を終わらせることができた。

 

「この決算業務を通じて、今後必要となる資金が具体的にどれくらいかを確認できたのは助かりました。金融機関から6000万円の融資を受け、70トンのクローラークレーンや4トンユニット車などを新たに購入しました。あとは、GPSを使った測量器械ですね。震災によって基準点がなくなったことから、海上での位置を確認するうえでどうしても必要でした」

 

昨年12月の時点で行政の災害査定が終了し、本格的な復興に向けた工事が今後ますます増えてくる。地元の建設業者として、それらの入札に積極的に参加していくことを泉社長は考えている。

 

「東日本大震災を通じて、『明日という日が必ず来るとは限らない』ということを痛感しました。震災の日の朝に顔を合わせたきり、残念ながら二度と会えなくなってしまった社員が2名います。生かされた人間は精一杯がんばっていかなければならない。あの日以来、そう強く思うようになりました」

 

仮事務所を出て、いまは本社機能をもとあった場所に建てたプレハブに移した。その脇では、鉄筋造りの新たな社屋を建設中だ。3月末までに建て直しを完了させる予定でいる。

 

株式会社及川工務店
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TEL:0193-22-5511
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